放課後の渡り廊下

教育に関してあれこれ迷い悩みながら書いています。

学習者にも日常はある。

昨日は夕方から激しい雨が降る。
天気予報では「雨」と伝えられていて、
5・6限の授業は気が気じゃなかった。
自転車で通学するようになって、
「雨」の憂鬱さが3倍になった。
学習者にも日常がある。
その中で、毎日の学びがある。
スパッと切り上げて「今日はここまで」とか
そんな日もあってはいいのではないか。
と、あまり大きな声では言えないけれど、
私は、そう思っている。
 
生活の上に学習が一部としてある。
 
授業づくりに邁進していたころの私は気づかなかったけれど、
どんなにおもしろいしかけがある授業でも、
学習者の生活の流れの中で受け取られる。
 
ファシリテーターは参加者の調子をよくうかがう。
今日の気分に合わせて、自分の無理のない範囲で活動を進めようとする。
そんなところが、ファシリテーションを体験してみて素敵だと思う。
 
もちろん、
 
「今日はちょっと落ち込むことがあったけど、国語の授業受けていたらそんなこと忘れてしまった」
 
と、学習に集中できるような授業ができたら理想だけれど。
 
それでも、学習者にも日常がある。
その上で私たちの仕事は成り立っている。