放課後の渡り廊下

教育に関してあれこれ迷い悩みながら書いています。

1人のために授業をする。

「1人のために授業をする」

 

築地久子先生のお話を聞きたいと思ったのはこの一言に尽きると思う。
事前の情報としては、築地実践の本を1冊と、
授業作りネットワーク誌の情報だけだった。

 

築地久子の授業と学級づくり (教育実践の全体像を描く)

築地久子の授業と学級づくり (教育実践の全体像を描く)

 

 

今、私は90年代の大村はま氏の講演集を読み続けているわけだが、
やはり語りの空気感というか、本筋とそれていった話など、
どこまで書籍の中で文字起こしされているのか気になっていた。
書籍の中では美しくまとめられているのだが、
ライブではどうだったのだろうと疑問に感じる部分が多々ある。


そして、やはり直接お話を聞きに行ってよかったと思う。

正直、私は築地先生の授業のビデオを見たのも初めてで、

お話も半分わかっただろうか、という感じなのだが、
やはりその衝撃は大きかった。


ただ、変革を起こすということは、
根強い信念があり(築地先生は「願い」と表現されていた)、
そのもとに主張と説得が繰り返されたのだろうと想像した。

昨日は授業の話で終始するかと思いきや、
地域の中での学校のあるべき姿を語ってらっしゃって、
村で勤務していた私には勝手に共感する場面の多いお話だった。

現実の問題から真正面に向き合う本物の学びを実践されていたのだと
さまざまな事例を通して思う。
そこには、同僚や管理職がいて、保護者がいて、地域の人がいる。
教育現場は1人でなんでもできるわけではないから、
意見が対立したり、さまざまなことも起こったのだろうなと
想像をしながら話を聞いていたのだけれど、
単なる形式ばった知識を詰め込むだけでは
その子一人一人の生きてはたらく力は広がっていかない。

社会にひろがる学びをされていたのだと知って、
決してまねはできないけれど、

私は何ができるだろうと考えさせられた。

 

一方で、毎日新聞19面に「気づかない?」と題した記事が目に留まった。

教師の何気ない一言が子どもの心に良い意味でも悪い意味でも残る事例だ。

どんなに手腕を発揮し、教育指導で認められようが、

最後は子どもと一対一の関わり合いなのだなと思い起こす。

 https://mainichi.jp/articles/20170520/ddm/013/070/014000c