放課後の渡り廊下

教育に関してあれこれ迷い悩みながら書いています。

「わたし」はどんな存在で、どのように「わたし」を表現するか。

一転して肌寒い空模様です。

温かい豆乳ラテがおいしい朝です。

マグカップはスタバの北海道限定マグです。

だけどコーヒー豆は近所のスーパーの一番安いのです。

  

今朝は次の記事を読みました。

courrier.jp

彼女の作品はアイデンティティであり、パフォーマンスであるだけでなく、過去のアーティストを振り返る美術史的な要素も有しているのです

このように評される彼女の作品は本当におもしろいと思うのです。

片山さんのアイデンティティはその強烈さとともに、

世界に受容されるものになっていて、なおかつ歴史の上にも立っているからです。

 

この作品を初めて見たのは2016年の「六本木クロッシング」でしたが、

私の中では1年経ってもずっと残り続けている象徴的な作品なのだと思います。

 

「わたし」はどんな存在で、どのように「わたし」を表現するか。

 

グローバル化とか、多様化とかよく聞きます。

”大きなことば”なのでもう少しよく考えなければならないな、と思いながら、

このように言われる社会の中で、自分たちのアイデンティティをどのように発信していくのか、ということはとても重要なことに思えてなりません。

 

日本語とか国語科とか、

その言語特有のものは何か、

その中で社会に発信していけるものは何か、

自分たちが大切にしたいものは何か……

 

ちょっとまじめにこういうことを考えたくなってます。