放課後の渡り廊下

教育に関してあれこれ迷い悩みながら書いています。

「読みたい」を引き出す書評を書こう。

明日から始まる単元を前に,国語科通信を書いた。

 

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読書は新しい世界をひらく扉だ。

本は私たちを一歩先へといざなってくれる。

 

今のあなたの読書をもっと充実させたいとき,”書評”がきっと役に立つはずだ。

書評にはあなたがまだ読んだことのない作品の情報が書かれている。

また,書き手の読み方や価値判断も記される。

書評は,作品を多角的につかむことにつながるだろう。

まずは一度チャレンジしてみてほしい。

 

今回はクラスを2つに分けて書評を書く。

プロの書評家・豊崎由美さんの手順を参考にし,クラスのあの人の「読みたい」を引き出す書評にチャレンジしよう。

 

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参考資料は二つ。

 

豊崎由美さんによる「書評活用術」が掲載されたムック本を読む。書評の書き方の手順も分かりやすくまとめられていたので通信でも紹介することにした。

そこから豊崎由美さんの『ニッポンの書評』へ。

とにかく書評について知らなければならないと思っていたので,たくさんの書評例があるこの本は参考になった。批評と書評の違いや,書評にあらすじを書くことの是非が書かれていて細かく書評について知ることができる。大澤聡との対談も面白い。書評の意義を考えさせられる。

ニッポンの書評 (光文社新書)

ニッポンの書評 (光文社新書)

 

 

書評を書くための課題となる教材を探していた時には,このブックガイドが役に立った。

人生を狂わす名著50(ライツ社)

人生を狂わす名著50(ライツ社)

 

 

ちょっとチャレンジしてみようかな。ー9月の振り返り

9月もあっという間に過ぎ去った。

定期テストや学力テスト(業者テスト)の採点・評価業務,文化祭準備による多忙感の中毎日を過ごす。

加えて,来月の校内研修研究授業に向けた授業づくりを考える時間も多くあった。

今は「書評」と取っ組み合っている。市内図書館から書評に関する本をたくさん借りて,書評を書くことにどんな意義があるのか,どんなおもしろさがあるのかを探っている。

 

学習記録のこと

最近は年度当初と異なり,ノートを毎時間集めて点検することをしていなかった。もう学習記録は学習者のもの,自分の作りたいように記録を作ってもらいたいなと思っている。学習記録の自走期間である。

今回は次の単元づくりのヒントになればと思い,1クラスのこの数時間の学習記録を一覧化した。学習記録を束ねるたびに「自分の記録を見直して」と話をするのだが,話をしたタイミングも重なって,明らかに書くことの量と質の変化が見られる生徒がいる。

私が話をする時間が長くなった授業についても,充実のメモと授業記録が書かれている。この集中力の発見は,学習記録の実践を行っているからこそ得られる喜びだ。

ただ板書を写すのではその学習者の腰の立て方は見えてこないのだけれど,授業記録という形で授業後に感じたこと・考えたことを記述することで,学習者の思考が見えてくる。

 

学習記録に励まされながら9月まで来た。

学習記録は学習者のものだけれど,私にとっては学習者への信頼を取り戻すために読むものでもある。きっと彼らならできる,きっと彼らなら何かを創り出す。自分の判断に迷いはあるけれど,その可能性を一つ一つ拾い集めるように,今日も学習記録を読む。

夏の終わりにー8月の振り返り

お盆が明けると北海道ではあっという間に学校が始まる。夏休みは短い。夏休み中に学習記録を読み直して,一人一人の学習状況を把握したいと願ったが,思うような時間は取れなかった。これが現実。

 

夏休みが明けるとすぐにテスト前,授業はテストを意識した進度になる。子どもたちとゆっくり夏を語る間もなく授業を進めなければならないのが心苦しい。今週は中体連新人戦もあり,慌ただしく夏休み後の10日間が過ぎた。部活動が授業と向き合う時間を圧迫している。

 

授業は講義形式が多かった。また,「解説をしてほしい」「黒板にまとめてほしい」といった声もあり,音読や課題提示でグループで話し合う時間よりも板書をして解説する時間が長くなった。扱った教材は,おくのほそ道の冒頭文と宇田喜代子「俳句の可能性」。

 

知識を整理するための解説でやってみたことは次の6つ。

  1. 書く時間と話す時間を明確にする。
  2. 座席の間に入って話をする。
  3. 誰か一人に向かって話す。
  4. 現代の実生活で起こりうる何かを具体例として用いる。
  5. 解説の後にペア,グループでアウトプットする時間を持つ。
  6. アウトプットを経て,個人として授業記録を書く時間を確保する。

 

今すぐに変化は求められないけれど,これから変えたいと思うことは,なぜこれを学ぶのかをうまく伝えられることだ。どうしてもテストとか成績のための学習の意識が前を行く。もっともっと国語の授業には興味深いおもしろい世界があることを実感できる,そんな授業にしていくことに秋冬はチャレンジしたいと思う。

 

夏の終わりに行った雪アイス。いちご。

f:id:keynotemako:20190831154731j:image

 

知識との闘い。

田村学さんは「深い学び」について次のように述べる。

「深い学び」とは,「知識・技能」が関連付いて構造化されたり身体化されたりして高度化し,駆動する状態に向かうこと(p.64)

深い学び

深い学び

 

夏休み前の授業作文で,「もう少し内容を濃くしてほしい」「物語に深く入ってみたい」「知識をノートにまとめたい」 といった感想が書かれていた。もちろん,これらの記述にはさまざまな学習者固有の文脈があるわけだけど,「知識・技能が…」ということと併せて考えると,読み取ったり新しく獲得したりした知識に対して自分の目があまり向いていないことがわかる。

しかも,軽視というよりは,勉強不足という見取り。自信がなくて,あいまいにしてしまっていることは見透かされている。

「問い」とは何か,といった突き詰めて考えることが必要だなと思う。そのためには,自分がその時点で考えていること,自分の願いを人に話すことが必要だ。話すことで,自分が伝えようとしていることが伝わる具体になっているのか,その他に考えられる余地はないのか,他者の力を借りて自分の文脈を掘り下げなくちゃいけない。

その瞬間その場の判断がその時の申し分ない答えなのだ。

肌寒いくらいの北海道の夜に1冊の本を読む。 

つみびと (単行本)

つみびと (単行本)

 

 丁寧に丁寧に,当事者の物語を紡ぐことを考える。そんなモード。

 

* * *

何気なく流し聞いていたBS放送大学がおもしろかった。

宮下志朗先生のスペシャル講演。

bangumi.ouj.ac.jp

あちらの土地にも、完全な宗教があり、完全な政治があり、あらゆることがらについての、完璧で申し分のない習慣が存在するのだ。

モンテーニュ『エセ―』より


そうそう,「完全」で「完璧」なのだ。

何か足りないとか,劣っているとか言われても,その瞬間その場の判断がその時の申し分ない答えなのだ。

後から振り返ったときに判断するのは,選択の善し悪しではなく,その選択しかできなかった自分の状況の理解なのだなと思う。

 

ただ単に話を聞いていても,自分のこれまでに遭遇した場面と知識がつながる瞬間がある。

10月14日(体育の日)にファシグラセミナーを開催します。

現場に復帰してはっきりとしてきた問いは,

教師が実践とどう向き合うのかということです。

 

さまざまな方法がある中で何をどのように選択するのか。

学習者とどのように価値の共有をするのか。

自分が所属する学校の中でどのように運営していくのか。

実践する中でどう価値づけていくのか。

日常にどのように溶け込んでいくのか・・・

 

学習者+方法+教師の選択がどのように関連し,どのように相乗効果を持って教室の事実を浮かび上がらせるのかが気になっています。

その一つの切り口として,北海道の藤原友和先生とセミナーを開催することにしました。

 

 

藤原友和さんといえば, ファシグラ!

教師が変わる!授業が変わる!「ファシリテーション・グラフィック」入門

教師が変わる!授業が変わる!「ファシリテーション・グラフィック」入門

 
THE 見える化 (「THE 教師力」シリーズ)

THE 見える化 (「THE 教師力」シリーズ)

 

 

「対話的な学び」を考えていく上でも,思考を見える化するファシグラは有効なスキルになると考えています。改めてファシグラについて学んでいきます。

 

もちろん「ファシグラ」を知らないという方も参加できます。

定員は12名と,少人数でとことん学ぶ会にしました。
kokucheese.com

こくちーずから申し込み可能です。

 

久しぶりの場づくりです。

 

 

獲得型教育研究会夏のセミナー2019

 昨年に引き続き,獲得研の夏のセミナーに参加しました。

keynote.hatenablog.jp

 3回目?4回目? だんだんと過去の記憶があいまいになってきました。笑

 

学習者の「もっと書いていいですか」

オープニングは定番「あっちこっち」,渡辺淳先生の基調提案,そして小宅峻太さんの実践報告がありました。

実践報告は写真が多用されていて,学習者の成果物や学習過程が示されているものでした。最も印象に残ったのは,マインドマップの活用事例です。学習者が予習で調べてきたことを黒板に書き込む姿が画像で示されました。参与型の板書事例はよく見ますが,注目すべきは学習者の反応です。報告によれば学習者の「もっと書いていいですか」という反応があったそうで,アクティビティ中の反応をどれだけ拾って活動を分析しているかに気づかされます。先生の見取りがすてきでした。

ちなみに,この後のワークショップでも,高尾隆さんが参加者の何を見ているかを話している時に話題になりました。

 

役に仮託するからこそできる表現

 午前のワークショップは高尾隆さんの「教育プレゼンテーションはじめの一歩」。

教室はスクール形式で座学できる場と,アクティビティができるフリースペースと両方が1室になる会議室だったこともあり,落ち着いて話を聞く時間とわいわいやってみる時間が交互に構成される流れになりました。

 

ワークショップ後半はコア・アクティビティを「ごんぎつね」で体験する内容でした。

学びを変えるドラマの手法

学びを変えるドラマの手法

 

ストーリーを追いたい私は,テキストがないとぼやっとしてしまうので不適応をおこしていました。ごんや兵十が出てくるのですが,どの瞬間のごんなのか,時間軸がはっきりしていないと不安になります。しかし,フリーズフレームで村の一部になったりするのは,物語を自分の中で立ち上がらせることにもなり興味深い体験となりました。

 

もっとも刺さる場面になったのは,自分の座席に戻ってから高尾さんが自分を語ることの難しさを話し始めた時です。

自分とは何かを考え始めたばかりの時期に,自分の好きなものや興味のあるものを題材に表現するのは酷であるという話でした。大人は乗り越えてしまったから簡単に思えますが,自分が醜く思えたり自信がなかったりする時期に,自分と向き合うのは確かにしんどいかもしれません。

 

この話,実は高尾さんから聞くのは初めてではなかったのですが,いざ自分が中学生に何を求めていたのかを重ねてみると,ぞわっとしました。

実際に学習活動で自分の好きな物を題材にして書くことを,学習意欲の喚起だと信じて活動を設定していた場面があったわけです。

ぼくのニセモノをつくるには
 

もちろん「自分で決める」を大切にすることを決意した瞬間に自分という存在と向き合わざるをえないし,自分を表現できる力も必要な力で,いつかは乗り越える必要があるのだと思います。

だけど,実際に自分自身が学習の障壁になる場面は確かにあります。その時にフィクションの力を学びに活かす視点があるのとないのとでは,全然違ってくるのですね。自分の課題設定が真面目過ぎるというか,直接的すぎるというか・・・もっと比喩的に物事を捉えたいなと思った瞬間でした。

 

その他に,おもしろかったのは「パックマン」!(名前だけ聞いてもわからないゲームです)。ポイントは「競争」でした。競争をあおる系のゲームは,たしかに思春期の学習者にも受けが良く,余計な検閲を待たずにからだを動かすことになって一気に場が温まります。国語の授業で辞書引きゲームに熱中する中学生を思い出しました。

 

高尾さんのワークショップはいつも,インプロの活動になじめない参加者にも視線が注がれています。

 

自分の文脈に落とし込む

午後のワークショップは渡辺貴裕さんの「授業に活かすドラマ技法」でした。

『魔法使いのチョコレート・ケーキ』をドラマの手法で読むプログラムです。 

魔法使いのチョコレート・ケーキ―マーガレット・マーヒーお話集 (福音館文庫 物語)

魔法使いのチョコレート・ケーキ―マーガレット・マーヒーお話集 (福音館文庫 物語)

 

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 渡辺さんのワークショップに参加するのは2回目,だと思います。

keynote.hatenablog.jp
keynote.hatenablog.jp

 

善悪の回廊とか,ホットシーティングとか,それぞれの手法は体験したことがあったけれども,それらを「授業に活かす」視点をどう持つのかが今回の問題意識でした。

授業づくりの考え方 ―小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ

授業づくりの考え方 ―小学校の模擬授業とリフレクションで学ぶ

 

午前中に起こったことのリフレクションを例にして,そのリフレクションのあり方自体を自分の文脈の中でどう落とし込むのかが問われます。

 

今,自分が思っているのは,拒否感情とどう向き合うか,でした。

自分はこうして何度も体験してもいいと思えるくらい楽しい実感があるけれど,最初からいきなりなんでもできるわけでもないことを忘れちゃいけない。

「やりたくない」と思う自分もちゃんと大切にすることで,初めて自分の手に取れる形が見えてくるのだと思います。