放課後の渡り廊下

教育に関してあれこれ迷い悩みながら書いています。

歴史の上に今があり、今の上に未来がある。

昨日は田近洵一氏『国語科教育問題史』を読みました。

戦後国語教育問題史

戦後国語教育問題史

 

 田近先生と言えば、国語研究界では国語教育の辞書の編纂にも携わる方です。

『増補版』は「大村はまの実践がないじゃないか」というご意見があり

その部分を追加した形になっています。

 

先日、尊敬する国語教育の文献研究者とお話する機会がありましたが、

わたしの中に「歴史」とか「社会」というものが

キーワードとして研究のどこかに、関心としてくっついているのだなと認識しました。

学部の2年生まで日本史研究室で古文書の講読をしていましたし、

卒論(と呼べる代物ではなかったですが)も古典を社会的視点(地理的なことや社会制度など)で読むものでしたから。

 

 

また、現場で動詞の活用を教えながら、

目の前の生徒たちの20年後にこの学習はどう活きるのか

ということも考えていました。

1つ1つの学習のあり方は時代によって変わります。

今もまさにその過渡期なのだと思いますが、

その際に見つめるべきは「歴史」ではないかと私は思うのです。

 

それで、本書を手にしました。

 

まえがきだけ引用します。

  戦後の国語教育の特質の一つは、実践の根底に学習者論があり、国語の学習を児童・生徒の主体的な行為としてとらえてきたことである。

 単元を設定するにあたって、先ず、児童・生徒(学習者)の学力や興味・関心の実態を問い、それを土台に単元の趣旨を明確にしようとしたのは、そのことの一つのあらわれであろう。文学教材の読みの学習で、学習者の初発の感想を重視するようになったのも、また、学習活動として、発表や話し合いを取り入れるようになったのも、学習者重視の思想に基づくものと言える。

 国語教育におおいて、学習者である児童・生徒にとってその学習にどのような意味があるのかを問うたのは、戦後に始まるものではない。たとえば、生活綴方教育は、現実に生きる学習者の側から教育のあり方を追求したところに生まれたものであった。すなわち、その教育は、学習を、「生徒台」に立つ児童・生徒のアクチュアルな行為としてとらえ、その現実との関わり方を言語と認識の問題として教育内容の中に位置づけたのである。

 戦後は、さらに、国語学習としての言語行為を児童・生徒のものとして成立させるのはどうしたらよいかの実践的追究が多様に展開した。大村はま氏の単元学習をはじめ、初発の感想を生かした授業、一読総合法の授業、その他、朗読(音声化)や動作化、吹き出しなどの学習方法の開発などは、学習を児童・生徒の主体的な聞く・話す・読む・書くの活動として成立させるための模索の成果だと言えよう。

 私は、そのような戦後の国語教育の展開を、学習者論から学習行為論への発展期としてとらえ、今後、さらにその教育の充実をはからなければならないと考えている。

新学習指導要領の答申が公表されてから「主体的・対話的で深い学び」というキーワードをよく聞きますが、戦後から(もっと言うと戦前から)「主体的」はキーワードとしてあげられてきたことがわかります。

現場で聞く「今に始まった話じゃないよね」というベテラン先生の話が聞こえてくるようです。

ただし、これまでにさまざまな実践の工夫(学習行為の創造)がなされ、今は「対話」が重視されていることは現場でも感じることでした。

表現や思想はいろいろありますが、学習者が学び合うことや対話し合う活動がさらに注目されている状況にあるのは間違いないでしょう。

 

さて、新学習指導要領に向けての議論が進められています。

本書を読み、さらにこれまで積み重ねてきた議論も追い、

結果として得たのは「現場にどう活かされるか」という疑問でした。

 

先日「空白の10年」という言葉を久しぶりに耳にしましたけれど、

現場において、「これはやってみよう」という魅力的な実践が生まれないと

新しい学習行為の広がりが生まれないのではないかと思います。

そして、それがこれまでの議論の本質を踏まえて、理論に基づいたものになること。

それが「空白の10年」を埋める作業になるのかなと思います。

 

少し大きな話をしてしまいました。

でもわたしにはおそらく30年以上の教育と向き合う時間があります。

30年と言えば、世代が変わる時間です。

新しい世代が生きる時代はどうあるべきか、

考えられる今を逃してはいけないと思っています。